まうまう。 まうまう。



 年齢故かはたまた生来の性分か。普段の大人びた対応が幻であるかのように、時折ひどく子供じみた独占欲を見せることのある少年の、全く以って想像だにしていなかった問いに目を丸くした。
 即座に否定してやれば、そんな筈は無いと食い下がる。
 此の様子をみるに、幾度かそういった望みを叶えてやった、或いは叶えさせられたことがあるのだろう。
 確か《ライドウ》は神道の流れを汲んでいると聞く。秀でた者ならば、そういった術に長けていても不思議ではない。葛葉の流れを汲む有名どころの陰陽師にも、蘇りの伝説が残っている程だ。
 ――さてさて、一体どう説明したものか。
 一旦目を閉じ、自らの体験だけではなく折々に伝え聞いた少年の其れも脳裏に並べ、最も適したものを選び取る。
 「・・・・お前自身はどうなんだ。そうまでして、死んだおっ母さんに会って。――話をしたいか」
 超力兵団事件が起こる僅か前、帝都で起こった事件。
 少年自身は口にしなかったものの、目付けの黒猫からは報告書を製作する際、それとなく今後の参考として聞かされた。普段は決してそんなことをしない彼が、態々何処かから五十音表を運んで来てまで、だ。無論本人のプライヴァシーの根幹に触れる問題であったので、今の今まで当人には何も言いやしなかったけれど。
 知られているとは全く思っていなかったのか。少年は一瞬動揺したようだが、直ぐ様気を取り直し、背筋を伸ばす。
 「――母は、其れを望まないでしょう」
 強く在れとのみ、言い残した人です。
 「俺は、何より其れを叶えたく思います」
 其れまでの子供っぽい口調から一変して凛とした声を発した少年に頷いてみせる。
 「――そういうことさ」
 少年の目線がぴくりと動いた。
 「俺も同じ。・・・・あの人が望まないことをしようとは思わないよ」
 そんな事をするくらいなら、自分が苦しんだ方が遥かにましってモンだぜ。
 「『サイレント・ネイビー』は、連中だけの専売特許なんかじゃない。心得のある者なら陸海を問わず誰にだって、適用されるものなんだ」
 「・・・・」
 「たとえ、お前さんに喚ばれて戻ってきたとしても。あの人は、決して、何も口にしたりはしないだろうよ」
 ――そういう人だった。
 先程の少年と同じだけの響きを以ってそう断言してやれば、漸く理解できたのか。少年の瞳の中でまるで何かに挑むように強く発せられていた光が、次第に凪いでいくのが分かった。
 「納得したか」
 小さく頷いたのを確かめ、笑みを浮かべた。
 ぱん、と派手な音を立てて手の平を叩き、停滞していた空気を一気に払拭する。
 「はい、それじゃあ此の話は此れでお仕舞い。・・・・疲れただろう。一連の報告が済んだら、久し振りに二人で銀座に行こう」
 デエトよ、デエト。
 そう言っておどけることで場の収束を試みた自分に、半ば意識的なのだろう、少年はぎこちなく強張った顔を解しながら口を開いた。
 「・・・・ゴウトに叱られてしまいますね」
 役目に厳しい己が目付けの叱咤を思い浮かべたか。しかし誘いを拒否する素振りを見せない少年にははは、と笑った。
 「そン時ゃ一緒に叱られてやるよ」
 「本当ですか。・・・・貴方ときたら、今はそんなこと仰っておられても、いざ其の時になったら直ぐ何処かへ消えてしまうんだから」
 拗ねた素振りを見せながらも本気ではないのだろう。笑みを瞳に浮かべて念を押す少年にしれっと答える。
 「大人とはそういうものさ。知らなかったのライドウちゃん」
 其れを聞いて少年は可笑しそうに口元を吊り上げた。
 「嗚呼、厭だ厭だ。汚い大人にはなりたくない」
 「・・・・言ってくれる」
 そうして珍しく戯言を口にするのは、先程の自らの発言を多少なりとも後悔している所為か。
 どうやら会話の流し方を多少なりとも覚えてきたようだと微笑ましくなった。
 「そんな可愛くないことを言う子には、風呂上りの曹達水奢ってあげない」
 「大人気ないですよ所長」
 この程度のことで拗ねてどうするんです。
 しれっと躱した少年に、お前が言うなよと笑った。
 「全く、都合のいい時には子供の振りすること覚えやがって。・・・・っと、見えてきたな」
 自分の直ぐ傍らに寄り添う少年の気配を心地良く感じながら、通りの家々の屋根の間から覗く大國湯の屋根と煙突に目を眇める。
 「佐竹居るかなぁ」
 「さて。近くにはいらっしゃるでしょうけれど、時間が時間ですからね。佐竹さんは朝風呂を好まれるようですし」
 湯に浸かっているかどうかまでは分からない、と首を捻る少年にそうだなぁと相槌を打った。
 「あいつ、昔っから朝風呂好きなんだよな。爺か」
 「またそんなこと仰って。・・・・御本人に聞かれたらまた叱られますよ」
 「怖くないから平気」
 強がって見せると、少年は全く信じていない様子で笑っていた。
 本当だぞ。俺はあいつのことなんてちっとも怖くは無いんだ。
 そうですか。ではそういうことにしておいて差し上げましょう。
 そう言ってじゃれ合いながら、二人で競うように大國湯への道を駆け抜けた。


                                                  【了】