まうまう。 まうまう。


 「おいおい、・・・・何て力技だ」
 入り口を見張っていた連中の背後に忍び寄り、素早く昏倒させる。
 初めて目の当たりにした自分の動きに驚愕し、目を見張る少年の反応に気を良くしながら地下へと続く階段に足を向けようとすれば、しかし所長に尖兵はさせられぬと前へ立たれた。
 守られる立場に多少の面白くなさは感じるものの、正面きっての肉弾戦では少年の足元にも及ばないだろうことは自覚済みだったので、已む無く背後の警戒に当たった。
 そして辿り着いた先には、頑丈な鉄製の扉。ご丁寧にも内部から閂か何かがかけられているらしい。
 鍵穴の一つでもあれば数秒で開ける自信があるんだけどなぁと嘯きながら往生している自分に、少年は下がるよう口にした。
 一体何をするのかと思っていた自分の目の前で、少年は胸元から一本の管を抜き取る。何らかの祝詞を唱えながら一振りした先に出現したのは、時代がかった鎧に身を包み顔面に赤い傷の刻まれた若武者の姿。
 威勢のいい声と共に意向を尋ねてきた彼に少年が下した命令は、――今、自分の目の前で遂行されている。
 彼が日本刀を持った手を一振りする度に、鈍い音と共に鉄製の扉が歪んでいく。そんな光景を呆れた目で眺めながら、さぞや恐ろしい心地だろうなと中に居る連中に少々同情が湧いた。尤も、そんな安っぽい感情は彼らが為したであろう行いを思い浮かべるだけで瞬時に消し飛んでしまったが。
 そうして背後の気配を幾ら探ってみたところで一向に新手が現れる様子は無い。
 どうやらそう大掛かりな団体ではないようだと呑気に考えているうちに、扉からは鈍い音と共に軋む音がし始める。目を向けると、蝶番が剥がれかけているのが判った。
 そろそろかと階段を下り少年の傍らへ立つと、少年が前を見据えたまま無言で頷く。
 「・・・・あまり中の空気を嗅ぐなよ」
 前方を見詰めながらそう少年の耳元で呟くと、少年は一瞬の間を空けた後頷いた。
 目に見えて歪んだ扉を挟んで互いに左右の壁際に背を押し当て、内部からの攻撃に備える。そして懐に手を差し入れ、銃を手の中に収めながら前を見詰める自分と、鯉口に手をかける少年の目の前で、遂に派手な音を立てながら扉が倒れた。
 ハッハァー、とご機嫌になりながら両手の刀を振る若武者の背中越しに、土埃がもうもうと舞う室内が見えた。同時に鼻を突く異臭と腐臭。そして蝋の香り。どうやら電気類の類は引いていないらしい。
 予想していたこととはいえ、こうも視界が悪くては不用意な銃の使用は命取りになる。素早く銃を仕舞い、先陣を切った少年の後に続いて室内に足を踏み入れた。
 人の手では破られぬと思っていた扉が、明らかに異様な方法で破られた所為で怯えきっていたのだろう。同じ衣装に身を包んだ彼らのうち、年老いた者たちと女たちは固まってむき出しの土壁に身を寄せ合い、男たちはといえば辛うじて立っているだけという情け無い有様だった。
 無論、そのような隙など見逃すような少年ではない。
 仲魔に待機するよう伝えると彼らの間を縫うように素早く駆け抜け、鞘をつけたままの刀身や柄の部分を使って次々と打ち倒していく。
 反撃の隙を一切与えることの無い少年の鮮やかな手捌きに、おお流石だねェと感心しながら部屋の隅で固まって打ち震える残りの者たちを昏倒させた。気のすすまぬ行為であるが、何をされるか分かったものじゃないので仕方が無い。想定の裏をかくのは得てして、こういった無力な者たちであることが多いのだ。
 そうこうしているうちに其の場に立つ者は自分たち二人と少年の仲魔だけとなった。待機させられ通しで、結局出番が無かったとつまらなさそうに近付いてくる若武者を少年は管へと仕舞い、周囲を見渡した。
 「・・・・大道寺邸の地下にも、隠し部屋がありましたが。・・・・此処よりは遥かにましな環境でした」
 蝋燭の明かりが揺れる、地下室というよりは地下壕。独特の湿気た、据えた臭い。しかし何より鼻を突くのは――。
 僅かに眉を顰めた少年の呟きに答えず、幕のかかった、より奥まった一室に足を向けた。
 「――嗚呼、・・・・矢張りな」
 何てこった、可哀相に。
 目的のものを見つけた途端、思わず天を仰ぎながらダービーハットを脱いだ。少年が静かに歩み寄り、自分の背後から其れを、――物言わぬ骸と成り果てた少女の姿を見詰めた。
 白い布団に横たえられた少女は同じく白い巫女装束に身を包み、頭には何やら飾りがつけられている。しかし其の顔に生気は全くと言って良い程感じられず、寧ろ布団の上に出された両腕の、指の先端部分の色が明らかにおかしかった。
 腐敗臭の元はこれかと、緩く首を振った。
 少年は無言で其の姿を眺めた後、ゆっくりと歩を進め、横たえられた少女の更に向こうに設えられた祭壇に近寄った。描かれた文様や記された書物に目を留め、暫く考え込んでいる。
 どうやら怪しげな儀式をしていたようだ程度にしか判別できない自分は、餅は餅屋とばかりに其の場は少年に任せ、これからのことに頭を巡らせる。
 先ずは警察へ連絡。またあの刑事がしゃしゃり出てくるだろうが仕方が無い。しかし依頼人には何と報告すべきか。惨い結果を齎すのだ、言い方一つ違えては大事になりかねない。
 ううん困ったなぁと頭を悩ませる自分に向けて、少年は徐に振り向いた。
 「・・・・どうやら反魂を試みていたようです」
 「何だそりゃ」
 目を瞬かせながらそう問えば、少年は顎に手を当て少々考えた後口を開いた。
 「死者を生き返らせる術、とでも申しましょうか」
 有名な例で言えば、死返玉。
 ヤタガラスや葛葉といった本職の連中に関わるようになってから、有名どころの古典には一通り目を通していた。その際目にした覚えのある単語に頷く。
 「嗚呼それなら知ってる。・・・・成る程ね」
 頭の上にハットを乗せながら再び横たわる骸に目を向け、ざっと検分した。
 「・・・・阿片を嗅がした折にでも、死なれちまったのかね」
 無論全てを検めたわけではないので断言は出来ないが、この腐敗の進み具合から考えると遺体に外傷は無いと考えた方が良さそうだった。加えて、室内に微かに漂う独特の臭い。
 厭な臭いだ、と眉を寄せながら呟いた。
 「この子の死があの連中にとって偶然だか必然だかは知らねェが。生き返らせようとしたことだけは真剣だったみてェだな」
 「そのようで」
 帽子をくいと引き下げ、物言わぬ少女に哀悼の意を示した少年はこちらの指示を仰ぐように見詰めてきた。
 「・・・・どうなさいます、」
 「とりあえず後ろに居る連中が逃げないよう見張りつつ、風間のおっちゃんに連絡、だな」
 「了解しました。では俺が残りましょう」
 貴方は外でお待ち下さい。此処は兎に角空気が悪い。
 そう言って進んで貧乏籤を引こうとする少年を慌てて押し留める。
 「待てって、こんなところに居続けたら頭がおかしくなるぜ」
 少量とはいえ阿片が炊かれていたんだ。何かあったらどうする。
 そう言い募ると少年は少し困った顔をした。
 「しかし、捕縛するにも肝心の縄がありません」
 「嗚呼そうだよな・・・・どうしたもんか」
 「あの、」
 一先ず先程の広間に戻り、周囲を警戒しながら会話を交わす。
 参ったなと困り果てて居る自分を見詰め、あまり褒められた行為ではないのですが、と前置きした後少年はおずおずと口を開いた。
 「若しお許しになられるのなら、手はあります」
 「ホントか、」
 「但し、仲魔の術を使うことになるんです」
 其れでも宜しいでしょうか。
 そう伺いを立ててくる少年の気持ちも分からないではない。
 基本、読心や発火、冷却といった弱い術に関しては一般の人々へ向けても問題は無いが、其れが例えば戦闘の際に用いるものとなれば話は別だ。しかし背に腹は代えられない。少年に向けてはっきりと頷いた。
 了承を得た少年は先程とは異なる管に手を伸ばし、再び召喚した。其処に現れた新たなる仲魔の姿に状況も忘れ、ひゅうと口笛を鳴らす。
 豊満な胸、くびれた腰、きゅっと引き締まった尻。そして其れらを絶妙な配置で覆う蛇の鱗と蛇体。どこかしら気だるさも感じさせる、匂い立つような美貌。
 乳臭い少女よりは大人の女を好む自分にとって、其の姿は堪らなく魅力的に写った。
 そんな自分の反応に気を良くしたのか、新たに喚びだされた仲魔は妖艶な笑みを浮かべて自分を見詰める。好感触にこちらもまた気を良くして笑顔を向けると、何時の間にか無言で傍近くへ寄っていた少年にぎゅうと二の腕をつねられた。
 「痛っ」
 「何てだらしのない顔をなさっているんです、みっともない」
 リリス、ドルミナーを。
 あまりの痛さに涙目になっている自分を放っておき、少年は不機嫌さを隠そうともしないまま命令を下した。そんな主の姿を愉快そうに笑いながら、しかし少年に忠実なる仲魔――リリスは其の肢体をくゆらせながら術を放った。
 気を取り戻しかけていた者たちも含め、全員が一斉に眠りに落ちた様を見て、成る程此れは便利だと感心した。――だがそれにしても。
 腕をさすりながら恨みがましい目で見詰める。
 「お前本気でつねっただろ今。後で絶対青タンになるぞこれ」
 「知りません」
 抗議を口にする自分にぷいと顔を背け、少年は早々のうちに仲魔を管へと戻した。
 この様子では、必要性を感じられない限りもう二度と自分の前にあの仲魔を出すことはしなさそうだと、痛みを堪えながら少年の分かりやすい反応に笑いがこみ上げる。
 しかしこれ以上拗ねさせては後々が大変だと笑いを堪え、揃って其の場を後にした。