まうまう。 まうまう。



 「矢張り自ら姿を消したようです」
 調査から帰社した少年は開口一番そう口にした。
 予想していたとはいえ、あまり有難くない報告に眉を寄せながら、黒猫の足を拭っている少年のためキッチンへと向かう。
 中央の卓子に向かい合って着席し、卓子の上に黒猫が腰を下ろした。帰り際に近所の御婦人から頂いたのだという道明寺や草餅をつつきながら、少年が報告を続ける。
 「最後に少女を見かけたという方は、神社の近くに住んでいた御隠居でした。待ち合わせにしてはひどく不釣合いな組み合わせだったので、よく覚えていらしたそうです」
 「そりゃそうだろうな。お前さんのような書生なら釣り合いもするだろうが、相手が修験者もどきの姿をした爺さんじゃなぁ」
 不審にも程がある、と珈琲片手に揶揄を含んだ自分の呟きを気にかけた様子も無く、甘いものに目が無い少年は最後の一つを頬張り、茶を啜った。
 しかし、聞き込みをしている最中も思ったのですが。
 先程とは改まった様子の少年の言葉に、宙を彷徨わせていた視線を向けて耳を澄ませる。
 「・・・・そんな目立つ姿でよく街中を彷徨えるものですね」
 そして発せられたまるで他人事のような言い草に、口にしていた珈琲を噴出しかけた。
 咳き込み、ハンカチーフで口元を押さえながら、もしや洒落のつもりかと、発言した少年を見詰めるも当の本人は至って大真面目だ。思わず呆れ、しみじみとした吐息が己が口から漏れ出でる。
 「・・・・あのな、お前が言うな」
 「どうして、」
 「どうしてって、お前・・・・」
 目を瞬かせながら生真面目に向けられた問いに如何とも返答しかね、そっと目を逸らした。
 市民の目も承知した上での扮装だと思っていたのだが、どうやら黒マントの裾から日本刀の鞘を覗かせて街中を疾走する自らの姿の異様さには無自覚だったらしい。其れも一体どうなんだと思いながら少年の目付けへ目を向ければ、何とも困った視線で応じられた。幸い黒猫の方は自覚済みだったとみえる。
 しかし苦言を呈してみたところで、少年の役目上其の扮装を解くことは有り得ないのだから仕方が無い。幸い此処筑土は柏の徽章の学帽に黒マントで有名な一高のある本郷に程近いことに加え、人並み以上な少年自身の容貌も相俟って、マントの裾から覗く物騒な代物に目を向ける人間は早々居やしないだろう。
 全く、おっ母さんに感謝しろよと心の中で呟いて閑話休題した。
 「行き先は分かったか、」
 「・・・・少々手間取りましたが、何とか」
 理由を聞かされなかったことに多少の不満の残る面持ちで、茶を啜りながら少年は答えた。
 流石に人ならざる力を以ってして行われる調査は進展が早い。そうでなくちゃなと思いながら場所を問えば、湯飲を置いて少年は玉乃井に程近い、とある地名を口にした。
 「悪魔絡みで無い上に場所が場所ですので」
 単身乗り込むのは踏み止まったのだと言う。
 口にした区域は大元の十二階下が崩壊して後築かれた新しい魔窟の一つだ。何があってもおかしくはない。
 頷きながら、どうやら急がねばならないようだと一人ごちた。
 「少女が姿を消してから、もう二月にもなる。其の上場所が場所だ。・・・・身を売られることはないだろうが、もっと他の・・・・」
 疑問を浮かべた少年へ向けてそう言葉を濁した。
 「明日、行けるか」
 「はい。勿論です」
 鋭く問えば、力強い返事が返ってきた。ひとつ頷き、徐に黒猫の方へ向き直る。
 「・・・・ゴウトは留守を預かっていてくれないか」
 とある懸念を目に浮かべながら真面目な調子でそう頼めば、聡い黒猫は察したのか。少々の間合いをあけた後に了承した。
 ひとり取り残された形の少年は少々首を傾げたようだったが、悪魔絡みで無い所為かと自らを納得させたようだった。
 「それじゃあ明日は二人揃って踏み込むってことで」
 「了解です。・・・・では、今日は早めに支度を済ませましょう」
 「宜しく」
 席を立ち、空になった湯飲とカップ、生菓子を乗せていた器を手にキッチンへと向かった少年を見送る。
 「・・・・生きてるといいんだけどな」
 だらしなく椅子に座り直し、ぽつりと呟いた。黒猫は耳をぴくりと動かし、同意するように小さく鳴いた。